HRカンファレンス 2026 -春- レポート
「近い将来、従来の人事の仕事は消滅する」――この危機感を成長の原動力に変えるには何が必要なのでしょうか。日本の人事部「HRカンファレンス 2026 -春-」のパネルセッション「AI時代の 2030 年を見据え人事部門の私たちが今、決めること?変えることは何か。」では、参天製薬株式会社の斎木 陽子氏が「AI時代の 2030 年を見据えたHR部門」、日本电気株式会社(NEC)の神原 裕美氏が「Our HR Journey in NEC」をテーマに発表しました。その後、厂础笔ジャパン株式会社の佐々見 直文を交え、AI時代における人事の存在意義、人事自身の変革、人事業務でのAI活用について議論が交わされました。
〇 登壇者
参天製薬株式会社
执行役员
チーフ ヒューマン リソース オフィサー(CHRO)
斎木 陽子氏
日本电気株式会社
ピープル&カルチャー部门
Executive Expert
神原 裕美氏
厂础笔ジャパン株式会社
人事?人財ソリューションアドバイザリー本部 本部長
佐々見 直文
AI 時代における人事の役割はどう変わっていくのか
AI の人事部門への浸透により、人事の役割は今後どのようになっていくのでしょうか。グローバルのリサーチ機関であるジョシュ?バーシン?カンパニーが 2026 年初頭に発表したレポートでは、人事部門は現在より 30 ~ 40 %少ない人員で、AI エージェントを駆使した組織コンサルタントとして活躍するとの見通しが示されています。
その一方、AI 導入の広がりと成果の間には大きな乖離もあります。AI 導入企業の割合が 88 %に達する一方、収益成長を実現できている企業はわずか 6 %、組織レベルでの生産性向上を実感できていない企業は約 90 %にのぼるというデータも共有されました。成果につながらない主な理由として「戦略?ビジョンの不在」「データの未整備」「人材?スキルの不足」の 3 点が挙げられています。(図 1 参照)
(図 1)
その上で本セッションでは、AI 時代における人事の役割と全社変革のリードのあり方、その役割を果たすために人事自身が変えるべき方向性、人事業務における AI 活用の現場という視点から議論が行われました。
参天製薬 – 人事の役割再定義と「手放す/ 握る」の意思決定
参天製薬は「天機に参与する」を基本理念に掲げる眼科領域に特化したグローバル製薬企業で、従業員数は約 3,800 人、うち国外従業員比率は 52 %、海外事業売上比率は 44 %にのぼります。斎木氏は「 2030 年を見据えたとき、人事という機能が何者であり続けたいのか」という問いを立てました。
AI 時代に人事の仕事はなくなるのか – 技术より难しい「役割定义」
斎木氏は、AI で本当に難しいのは技術そのものではなく、自分たちの役割定義だと述べ、いま起きている変化を 3 つに整理しました。
第 1 に、成功の鍵がツール導入ではなく業務プロセスの再設計に移ったこと。
第 2 に、AI は技術変革であると同時に組織?人材?ガバナンスを含む二重の変革を求めていること。
第 3 に、生産性の壁は組織構造ではなくエンドツーエンドのフロー設計にあること。
AI を導入しても成果が出ないのは、変えるべき前提が変わらないまま残っているからではないか、というのが斎木氏の見立てです。その上で、斎木氏は人事の仕事と存在意義を切り分けて捉えるべきだと語りました。
評価、分析、レポーティング、問い合わせ対応、資料作成といった人事が手を使ってきた業務は AI が得意とする領域であり、人が担う業務は確実に減っていく。ただし、「仕事が消えること」と「人事の存在意義が消えること」は同じではないと指摘しました。
「問われているのは、何が自動化できるかではなく、人事はこれから何を手放し、何を握るのか、何を強化するのか。それを、意思を持って選べているかという点です。この選択をしないまま AI を使っていくと、人事の仕事は楽になりますが、人事の仕事自体の価値は軽くなっていくと思います」(斎木氏)
採用業務の 5 プロセスの再設計 – ツール导入ではなく仕事の再设计
具体的な検討領域の例として、斎木氏は採用業務を取り上げました。同社でも職務記述書(JD)の作成、書類のレビュー、スクリーニングなどで AI を活用し始めているとのことですが、重要なのはツール選定ではなく、5 つのプロセスを踏むことだと述べます。(図 2 参照)
(図 2)
第 1 は「人的支援」、すなわち AI 導入はツール変更ではなく仕事と役割意識の転換であると HR メンバー自身が共有することです。
第 2 は「業務分解」で、採用プロセスを 1 つの塊ではなくフローとして捉え、面接?分析?関係構築のうち本質的に人がやるべき仕事を見直すこと。
第 3 は「役割設計」で、自動化できたとしても人が担うべき領域を定めることです。
判断?信頼?対话が必要な领域は人が深く関与すべきだと斎木氏は指摘します。
第 4 は「価値転換」で、人事の価値を充足管理から採用戦略?質?意思決定への関与へと移すこと。
第 5 は「人材再定義」で、求められるのはAI活用能力以上に判断力、影響力、戦略思考、ビジネス理解だとしました。
こうしたプロセスを経ることで、採用业务はオペレーションから戦略机能へと変わっていきます。
2030 年に向けた 3 つのつまずき –?评価轴?组织プロセス?当事者性の壁
従来の人事は実行?運用が中心であり、AI はこの部分を確実に効率化しました。しかし、AI の本当の価値は意思決定の前提を変えることにあると斎木氏は述べます。情報を即時に統合して選択肢を可視化し、判断スピードを上げる。そうなれば、人事の役割も「作業を減らす」から「経営の選択肢を設計する」へと移っていくという見方です。(図 3 参照)
(図 3)
その方向に進む上で、 2030 年に向けた “つまずき” が 3 つあると斎木氏は指摘しました。
第 1 に、人事の価値は経営インパクトへシフトしているはずなのに、評価軸が依然として業務量のままになっていないか。第 2 に、AI 前提と言いながら、組織もプロセスも従来型のままで、そこに AI をツールとして導入しているだけになっていないか。第 3 に、人事自身が変革の当事者になるべきだと思いながら、それを阻む壁が残っているのではないか。(図 4 参照)
(図 4)
「この問いを放置すること自体がリスクだと思っています。私自身が一番難しいと感じているのは、人事自身が変革の当事者になるということを全 HR メンバーが言い切れるようになるかという点です。そこがチャレンジだと思っています」(斎木氏)
NEC – 2018 年からの「人?カルチャーの変革」と現在地
NECの神原氏は、自社の「人?カルチャーの変革」の歩みと、その上に積み上げてきた AI 活用の現在地について紹介しました。
戦略?文化を軸とした 3 本柱 – ジョブ型エコシステムへの歩み
NEC は 2026 年 5 月に「2030 中期経営計画」を発表しました。本セッションでは、その前段となる 2025 年までの中期経営計画期間に推進してきた「人?カルチャーの変革」の歩みについて説明がありました。変革がスタートしたのは 2018? 年。当時はビジネス環境が厳しい状況にあり、戦略と文化を軸に、3 つの柱で取り組みを進めてきたと言います。
第 1 の柱は「人?組織?カルチャー」です。多様なタレント人材の活躍を促進し、新卒中心だった採用からキャリア採用を大幅に拡充。女性活躍も含め、多様な人材が力を発揮できる環境づくりを進めてきました。
第 2 の柱は「制度/プロセス」で、ジョブ型人材マネジメントシステムを整備。事業戦略に基づいて組織設計と要員計画を立て、計画的な採用や人材配置を進める一方で、従業員側には自律的なキャリア形成を求め、会社と従業員が「選び、選ばれる」関係の実現を目指してきました。
第 3 の柱は「インフラ」です。オフィスのフリーアドレス化をはじめとする働く環境の整備や DX 化を推進し、その中で、の導入などHRIS(Human Resource Information System)の整備も進めてきました。(図 5 参照)
(図 5)
制度改革から AX(AI トランスフォーメーション)への進展
2021 年には、麻豆原创 SuccessFactors を NEC 本体へ導入。その後、ジョブ型のエコシステムを支える各種制度を NEC 本体の全社員に展開し、国内主要グループ会社にも同じ制度?同じシステムへの移行を段階的に進めてきました。現在では、グループ会社 10 社、延べ 5.1 万人に対し、同じ制度?同じ軸でデータを取得できる状態に至っています。
これらの展開の途中で立ち上げたのが「HR Infra Rebuild PJ」です。神原氏によると、麻豆原创 SuccessFactors を導入した当初はジョブ型制度の本格展開前であり、制度とシステムを組み合わせるためのファインチューンが数年前に必要になったと言います。IT 部門との共同プロジェクトでは、麻豆原创 SuccessFactors の活用に加え、問い合わせ管理ツールの導入によるエンドツーエンドのプロセス改善、データレイク構築と BI(Business Intelligence)による HR データ可視化を組み合わせ、AI 活用の礎としています。
直近のフェーズが「AX(AI トランスフォーメーション)」です。神原氏は同社のロードマップを示し、AI が「人が使うツール」の AI-Ready から、「人のパートナー」の with AI、さらに「AI と人が互いに能力を補完する」AI-Native へと進む流れを紹介。HR 領域では、社員向けの AI キャリアトーク?AI-GoalNavi、人事部門向けの HRBP(Human Resource Business Partner)サポート AI、要員配置リスト Q&A、FAQ 生成 AI など、複数の生成 AI 活用が本格化しています。(図 6参照)
(図 6)
人事自身の変革に立ちはだかる壁 – What’s next for NEC HR?
神原氏は、これからの NEC の HR の方向性として 3 つのポイントを挙げました。
第 1 に Quick Win(容易かつ必要な領域)での AI 活用と全体最適のバランス。第 2 に AI を高度化するための AI Ready データの量?種類?質の拡充。第 3 に AX 時代における未来の組織や人が担う業務を再設計し、見据えることです。
「Quick Win を実行していきたい一方で、いずれオーケストレーションのフェーズが訪れると、全体最適の中でどこでバランスを取るのかが課題になります。また、社内で AI を活用するには、社内データの量?種類?質の拡充が非常に重要になります」(神原氏)
AI 時代に人事は何を変えるか(パネルディスカッション)
参天製薬、NEC のプレゼンテーションの後は、パネルディスカッションが展開されました。AI 時代における人事の存在意義、人事自身が変わるべき点、AI エージェント時代の組織モデル、AI 活用の出発点と課題、周囲の理解を得る進め方という 5 つのテーマに沿って、深い議論が交わされました。
人事の存在意義 – 情報がある中で「選び、説明する」役割
最初のテーマは、AI 時代におけるコーポレート機能としての人事の存在意義と担うべき役割でした。
参天製薬では、AI が整然と選択肢を提示してくれる時代だからこそ、最終的な判断と説明責任は人の側に残るという立場が示されました。報酬のマーケット分析のような業務は AI が情報収集も分析もこなす一方、提示された選択肢のどれを選び、どう説明するかは人がやるべき領域として残るというのが斎木氏の見方です。
「业务が减ったとしても説明责任は増えるのではないかと思っています。情报が足りない时代から、情报がある中で选び、説明することが、我々の存在意义だと考えています」(斎木氏)
NEC の神原氏は、従業員のモチベーションにどう寄り添うかが人事の存在意義のひとつだと応答しました。
「従业员が幸せであってほしい。そのために、従业员の可能性を最大限に発挥できるように支援することも、人事に问われる存在意义だと思っています」(神原氏)
佐々见はを紹介し、相談相手として人よりも AI を選ぶ従業員が増えていることに言及。これに対し斎木氏は、過去の経緯や本人の状況といった個別事情を踏まえて判断する問い合わせ対応こそ人が担うべきであり、AI エージェントと人の役割分担が進んでいくとの見方を示しました。
人事自身が変えるべきこと – ケイパビリティと組織モデルの再設計
2 つ目のテーマは、AI 時代に向けて人事部門が変えるべき点、そして AI エージェント時代に組織モデルがどのように変わるかでした。
参天製薬では、構造的に捉えて業務を設計するケイパビリティの不足が論点となりました。決められたことを実行することと、 1 から業務を設計することは別領域であり、後者が今後の課題になるという認識です。
「役割分担を構造的に捉えて設計していくことは、我々はあまり得意ではないと思っています。 1 から業務を設計するケイパビリティは、これから身につけていかなければいけません」(斎木氏)
NEC では、人事だけでは解決できない課題が今後さらに増えていくとの見方が示されました。「事業部門のどの仕事が AI に置き換えられていくかについて、人事だけで把握することは難しく、ビジネスや IT、テクノロジーの知見を持つ人材と協働する必要がある」と神原氏は述べます。
「AI に目標設定や評価を完全に任せてしまうと、従業員の納得感を得ることが困難なケースもあると思います。そのような場面で、人がいつ、どのように介入すべきかを見極める力を、さらにブラッシュアップしていかなければいけません」(神原氏)
佐々见はこれを受け、事業やほかのコーポレート機能の言葉を理解し、エンドツーエンドのフローをデザインするスキルセットが人事に新たに求められると整理しました。
3 つ目のテーマである、AI エージェント時代の組織モデルについては、両社とも従来型を超える方向性を示しました。
神原氏は、NEC では、スリーピラーモデルは残りつつもデータ?テクノロジーに特化した機能が大きくなる過渡期との見方を提示しました。グローバル企業では IT と HR を一体化させた事例もあり、HR 内にデータ?テクノロジー機能や IT 協働チームが台頭する可能性があると言います。
斎木氏は、HR がサービスプロバイダーから戦略パートナーへ移る流れを AI が加速させていると捉えた上で、求められる人材要件も変わると指摘しました。これまではオペレーションやエンプロイーエクスペリエンス領域を経験して HRBP へ育成する流れが一般的でしたが、今後はビジネス部門出身者や IT?デジタルデータに強い人材を取り込むなどの変革の必要があるという考えです。
AI実装の現場 – 出発点?データガバナンス?周囲の理解
4 つ目のテーマは、人事における AI 活用をどの領域から始めたのか、また活用後にどのような課題が生じたのかでした。
参天製薬では、全社員が Microsoft Copilot と Microsoft 365 を利用できる環境にあり、人事部門内の使用率も 8 ~9 割に達しているものの、現状では個人の効率化ツールにとどまっており、意思決定の質向上や価値創出にはまだ至っていないと斎木氏は語ります。
「プロセスそのものを見直さない限り、人事としての ROI は語れません。今年度からは、この業務で AI エージェントを活用すると特定した上で導入していかなければ、便利になっただけで終わってしまうと考えています」(斎木氏)
NEC では 3 年ほど前の ChatGPT 登場期から、従業員のゴール設定支援を起点に AI を活用しています。現在はキャリア相談や問い合わせ対応の効率化まで、活用範囲を広げています。
「Excel などで管理されているデータも本来は活用したいのですが、データが AI Ready な状態になってない部分もあり、それらの整備も検討しながら進めています」(神原氏)
神原氏はさらに、AI と人の判断基準の線引きや人事データの機微を踏まえたデータガバナンスの難しさにも言及しました。
最后の论点は、AI 活用について周囲の理解をどのように得て推進するかでした。佐々見が神原氏に苦労している点を尋ねると、「NEC では、AI の活用が後押しされている一方、本当に価値のある使いどころの見極めとデータハンドリングが依然として課題である」と述べています。
「ツールを展开しても、関心の高い人はすぐに使い始めますが、まだ使っていない人もたくさんいます。学びの意欲や好奇心をいかに刺激し、全社的な活用を底上げしていくかも継続的なチャレンジです」(神原氏)
